心のひずみは富の不平等を生む

世界には貧しいこども達たくさんがいます。学校に行きたくても行けなくて、小さいころから仕事をしなくてはいけない子供もいます。病気になっても病院に行けない子供もいれば食べるものがなくて飢えに苦しんでいる子供もいます。世界には貧しい子供たちがたくさんいて心が痛みます。その原因はその国やその家庭が貧しいからです。けれども、私はその貧しさの根本的な問題は、ある一部の国だけが裕福であることだと思います、世界全体で富の配分がうまくいっていないからだと思います。

世界中を平等にし、富の配分をきちんと行えば、世界中の人全員が豊かに暮らせるのではないでしょうか。

 

世の中を正そうとすると他のひずみが生まれる

そうですね。世の中には色々な考え方がありますから、私は、そういった考えが間違っているとは言いません。世の中の革命を起こす人達は、あなたのように理不尽な世の中を何とかしようと運動を起こしています。けれども初めから富を独占しようとしたり、権力や名誉を自分のものにしようと思う人は実はほんの僅かなのです。

マルクス主義は、資本主義による資本家の搾取や差別による怒りから生まれたものですよね。けれども、その革命が起きた後はどうなったのでしょうか。共産主義は、理想は素晴らしいです。けれどもその理想を現実のものにするためには、他の問題が起こっているのです。

結局権力者が話し合いを抑圧したり、強制的に人を収容しなければ成立しないということが分かっており、今では共産主義になれば、国家は死滅するとさえ言われているので、厳密には存在していないのです。

世の中を平等にすることが本当に全世界の人々を幸せにできるのでしょうか。世界が平等になれば本当に全員が豊かに生きることができるのでしょうか。

 

富を平等に分けても人は豊かになることはない

私は仮に富を全世界の人々に平等に分けたとしても人は豊かになれないという考えです。
そして世の中のあらゆる問題に対して反発したり、怒りの感情も露わにすることをやめるべきだと考えています。

このようなことをいうと不正をしている国の権力者が喜ぶと思う人がいるかもしれませんがそういう話ではありません。
人はどうして核爆弾を作るのでしょうか。核爆弾は世界中の人々を一度に破壊する力を持っていると言われています。人はどうしてこんなにばかばかしいことに労力を使うのでしょうか。ある人が、「世界中の人みんながそんな馬鹿なことを辞めるように言わなければ、地球は破滅する」と言っています。

けれども私はその考えには反対です。例えば、聖書には「彼らから離れよ。汚れたものに触れるのはやめよ。そうすれば私はあなた方を迎えよう」と書かれていますし、マザー・テレサも「反戦集会には行かないけど、平和集会には行くわ」という言葉を残しています。

人は世界の現状に不満を持ち、それを拒絶しながら幸せに生きることはできないのです。

つまり、不平等や不正などに不満を抱えてそれを否定したり、非難するのではなく、前向きな考えをすることで幸せで豊かな社会になることを祈ることしか私たちにはできないのです。

私たちの歴史の中では、革命を起こし、成功してもまた再び同じようなことを繰り返しているのを知っていますね。ですから、不正や不平等を正そうと正義感をもって怒りで何か行動を起こしたとしても効果はないことは明らかなのです。

アメリカには、ポールゲッティという石油王と呼ばれる人物がいるのをご存知ですか。彼は大富豪として大変有名でした。ある時、ある人物から「世の中は不平等である。富を公平に分けるべきではないか」と指摘を受けたことがあるそうです。その問いに彼は「富を平等に分けても構わない。しかし、それはすぐに元に戻るであろう」と答えています。

この言葉は真実です。もし仮に世の中の富を平等に分けたとしても、ネガティブな思い込みや固定観念に縛られている多くの人たちは、富を受け取ったとしてもすぐにそれを失うことになるはずです。

富は、持っているのが当然であるというポジティブな思考の持ち主のところに集まっていくものだからです。

 

世の中が平等になるには個人個人が自覚すること

世界が豊かになるためには、間違っている世の中を正そうとするだけでは問題は解決しません。
私たち個人個人が「私は豊かになっていいのだ」ということを認め、正しい行動を始めるときにそれは豊かな方向に向かいだすのです。

つまり、この世界に生きている誰もが、潜在意識の素晴らしい力に気が付くことができた時、世界は平等になるのです。

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