上京後、マンションを借りるときに親の世話になった私は
自分の信用力のなさを知りました。
元々依存体質ではなく自立心が高い性格です。
親の世話になる事を毛嫌いしていた私は
法人化すればきっと信用を得る事ができるだろうと考え
自分のビジネスを法人化する事を決めました。
法人化と言うのは通常
個人事業主で2年くらいやって年商で2000万円くらい超えてやるのが普通です
消費税の事を考えると2年目でするのが基本です。
そのあたりはネットで検索するとでてくるのでお調べください。
私は基本的に非常識なので、そんなことを考えなくて
「カッコイイから法人化する」というその程度の考えだったのです。
もちろん社会的信用を得たいという承認欲求からもきています。
当時の私は月商で50~100万円程度で、資金は100万円程度です。
しかも、不安定です。
この先どうなるかわかりません。
ネットの世界は不安定で、今のオークションビジネスがいつまでもつのかは分かりませんでした
いつ月収がゼロ円になるかわかりません。
「まぁ、その時はその時でなんとかなるっしょ」という
若さと無知からくる「自分は間違いなく成功する」という確固たる自信がありました。
無意識に引き寄せの法則を実践していたんですね。
私は、まず税理士が必要と言う事をネットで調べて
「税理士 東京」と検索して、一番上に来た税理士仲介サービスのようなものに電話をしました。
今思えば、これもアフィリエイトかなにかの中間マージンをとる会社です。
当時はPPC広告なんて知りませんでした。
リスティング広告でトップに出た税理士仲介サービスを利用したんだと思います。
そして、紹介された税理士の事務所に行くとそこはマンションの一室のようでした。
まさか自分が税理士なんて高等な職業の人と直で会うとは・・・。
緊張の面持ちで
ピンポ~ン
「松田です」
税理士「あ~~~?・・・・・・ちょっと待っててくださいね」
私「!?・・・・・・」
ガチャリ
そこにはおじさんがたっていました
あたま禿げあがって
頭頂部にはチリ毛があって
お腹がボーンと突き出しています
鼻毛も出ています。
服装はチェックのシャツにメンパンです。
私はてっきり税理士と言うとスーツにネクタイでばっちり決めていているもんだと思っていました。
小栗旬みたいな人が来るんじゃないかと思っていたんです。
中に通されると
散らかりまくってる事務所兼自宅のようなところです。
(今は、あそこは事務所だと知っています)
「え?ここが税理士事務所なのか・・・?」
2LDKの間取りのそのマンションには
通路に机が2つ並べてあって、奥に小部屋がありそこに通されました
そこにソファがありました。
ソファには書類が散らかっており
それを税理士が書類をわさわさとかき集めて一人分のスペースを作ります。
その前にあるテーブルの上には何とも知れない謎の馬の置物やなにかがあり
その前に書類が積み重なっては今でも倒れそうです・・・。
その横にある灰皿にはたばこの吸い殻が大量に積み重なっています。
ついてに税理士の机にも灰皿がありそこにもたばこの吸い殻があります。
ぜんぜんイメージと違う・・・。
こんな小汚い事務所に
メタボのハゲのおじさん(鼻毛付き)・・・。
普通ならこの税理士を断って、他に行くと思います。
私は、なんだんだ!この人は・・・?
俺は騙されてここを紹介されたんじゃないか・・・?
俺が田舎者だからって最下級の底辺税理士を紹介したのか・・・?
・・・という思いと一緒に
「なんて素敵なんだ!」
という思いが沸き上がりました。
すごい!こんなところで独りで仕事をしているのか!
すごい人だ!
そう思ったんです。
世間の当たり前なんてどうでもよいスタイルで
独りで自由に仕事をしたい
というのが基本的に思っていたところですから
この人の自由すぎる感じが素的に感じたんです。
そして
きっと、この税理士は小資本でしかも事業計画書などない
事業者としては始まってもいない
先はどうなるかわからないようなビジネスをはじめようとしている私を受け入れてくれるんじゃないか
と思ったんです。
話をすると
私のようにネットで起業する若者は多くて、この税理士も受け持っているとのこと
緊張の解けた私は、この税理士に親しみを覚え、
ここまでに来る経緯を話し、分からない事をあれこれ質問しました
税理士報酬額や年末調整、決算時期などの説明を受けて
会社名を決めてハンコを作り
司法書士などに連絡を取り登記を作りました。
上京後、すぐに資本金80万で会社を設立する事になります。
2005年5月
テレビでは堀江貴文がフジテレビの買収や野球球団などを買収などをし
ベンチャー起業家という言葉がネットをにぎわしていました。
当時、すでにネットを活用して荒稼ぎしている個人はたくさんおり
大手企業もホームページやSEOなどを導入していました。
「インターネットは稼げる」といち早く察知した人たちはすでに行動していたのです。
ネットで集客→商品を販売という流れに乗っかろうとたくさんの人が
こぞってインターネットに進出していたのです。
ビックカメラなどにはたくさんのホームページ作成ソフトがずら~っと並んでおり
抱き合わせでウイルスバスターなども販売していました。
当時の私は「ホームページビルダー」というものでサイトを作っていました。
2005年は
ワードプレスなんてない
youtubeなんてありません
フェイスブックやツイッターなんてないです
LINEなんて想像すらしません。
スマホなんてなくて、パカパカ式のガラケーを持っていました。
そんな時代です。
私はこの大波にのって大きく稼ぎたい
そして自由になりたいという思いでワクワクしていました。
自分の成功を1ミリも疑ってはいませんでした。
>>第12話へ続く