本当の富はあなたの内面にあります

今の日本は、お金で何でも買うことができますよね。地位や名誉だけではなく、安心や命、愛までも全てお金があれば買うことができるんじゃないでしょうか。これはもしかしたら良いことではないのかもしれませんが、これが日本の現実ですよね。だからみんなお金が欲しくてお金がらみの事件がたくさん起こっているんじゃないですか。今はお金さえあれば幸せになれる時代です。こんな風に思ってしまう私は考え方が偏った人間でしょうか。

お金は絶対的なものではありません

確かにお金で解決できることは多いです。お金があればほとんどの問題は解決できると言われていますね。お金があれば色々な経験ができますし、大事な人を助けることができます。例えば、介護が必要な家族にお金があればよいサービスを受けてもらうことが可能です。

ですが、「お金があれば全てのものを買うことができる」とか「お金さえあれば幸せになれる」という考えは誤りです。

戦争中のこんな話を聞いたことがあります。明日、出撃予定の特攻隊員がいました。前日に良く通っていた銭湯に行き、お礼を言った後、死んでしまう自分たちにお金は必要ないからと持っていたお金を全部寄付したそうです。ですからお金で命が買えないということはわかりますよね。いくら医療が発達したといっても命はお金では買うことはできないのです。お金があれば治療の選択肢は確かに拡がります。ですがどんなにお金を積んでも全ての命を救うことはできないのです。ですから、命に対してお金を払えば買うことができるというほどの絶対的な力はないのです。
愛についても同様ですね。お金持ちになりたいという女性はたくさんいますから玉の輿を狙っている人も数多く存在していることは事実です。けれども全員がそうではないですよね。お金よりも性格や人柄が大事だと思う人もたくさんいるのです。お金持ちの人に交際を迫られても今お付き合いしている恋人を選ぶ人だっているのです。ですから愛もお金があれば買うことができるという絶対的な力はないのです。

お金さえあれば幸せになれるのか

「お金さえあれば幸せになれる」というのはどうでしょう。夫婦で会社を経営して成功している人たちに、「今までで一番幸せだったことはなんですか」という質問をしたところ、意外にも多くの夫婦が「苦労した時期が一番楽しくて幸せだった」と答えたそうです。成功して豊かな暮らしをしている現在よりも、事業を軌道にのせようと試行錯誤して奮闘し、金銭面でも大変な思いをしていた頃のほうが思い出してみると「充実していて幸せだった」ということです。ですから「お金さえあれば幸せになれる」というのも絶対的なものではないですね。
そしてこんな場面も想像してみてください。例えば、登山に行って道がわからなくなってしまい、遭難したとします。携帯電話も電波が届かず、すぐに人が助けにきてくれるような状況でないとき、お金は一番大事ものではないですよね。お金があっても食べ物がない山の中では役に立ちません。それよりも山の中で食べられる草やキノコを知っている人のほうがよっぽど役に立ちますし、助けが来るまで生き延びることができます。お金は寒さをしのぐ薪の代わりになるくらいです。

お金は道具にすぎません

お金があれば色々なものを買うことができるのは事実です。

ですが先ほども述べたようにお金で買えないものもあるのです。ですから「お金さえあれば幸せになれる」というような絶対的な存在ではないことを理解しましょう。

お金で買ったものが不良品や質の悪いものという場合のたくさんあるのです。例えば、好きでもない人とお金のためだけに結婚した場合などは後で泣きを見ることが多いものです。
お金は単なる道具です。昔は、物々交換で、欲しいものを交換していました。例えば自分の作ったお米と欲しい魚を交換していました。そうやって私たちの祖先は自分の欲しいものと自分の持っている価値を交換することで富を手に入れていたのです。それを便利にしたのがお金です。本質は変わっていないのです。

お金は単なる道具であって何でも叶えてくれる絶対的なものではありません。お金を神様のような絶対的なものだと勘違いしてしまうとお金に対する価値を必要以上に感じてしまいます。

そうすると手の届かないものだと思ってしまい、結果的に富を遠ざけてしまうことになるのです。本当の富は私たち、ひとりひとりの内面にすでにあるものなのです。それを勘違いしてはいけません。

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